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東京家庭裁判所 昭和59年(家)12665号 審判

申立人 神田川秋成 外4名

遺言者 神田川重郎

遺言執行者 十津川幹男

上記事件について、当裁判所は参与員○○○及び同○○○○の意見をきき、次のとおり審判する。

主文

本件申立てを却下する。

理由

一1  申立ての趣旨

遺言者神田川重郎の遺言執行者十津川幹男の解任を求める。

2  申立ての実情

(一)  申立人らは、上記遺言者の相続人であり、遺言無効の訴えを東京地方裁判所に提起した。この事件は、同庁に昭和55年(ワ)第2461号事件として係属している。

(二)  本件遺言執行者十津川幹男には、次のように職務の懈怠があり、申立人らの信頼を失つている。よつて、申立人らは、本件申立てに及んだ。

(1) 遺産目録を作成しないまま今日に至つている。

(2) 申立人らが遺産には含まれないと考える家屋の賃料を、収受している。

(3) また、執行者が収受した金員について、明確な細目の公表がされていない。一部の相続人に配分しているが、その理由も不明瞭である。

(4) 申立人神田川秋成及び同神田川則武の遺言者に対する債権についても、認否がなされないままである。

(5) 相続人の一人である金田裕子に対して、被相続人の借地の一部が大蔵省から払下げられたが、申立人らが関係委任状が偽造のものであると主張しているのに、遺言執行者はその真相を把握してその土地を遺産に取戻すべきであるところ、必要な手続をしないで放置している。

(三)  以上の申立ての実情を整理し、敷衍すると、別紙一の申立人ら上申書(昭和60年12月9日付け)の写のとおりである。

二  事実関係について

事実関係は、本件記録に綴られた当事者その他の関係人が提出した各書類、家庭裁判所調査官の調査の結果及び本件の審問における関係人の申述、並びに各関連既済事件(当庁昭和50年(家)第3380号遺言確認事件、昭和51年(家)第8995号遺言書検認事件、昭和54年(家)第4479号遺言執行者選任事件)の記録を資料として、以下のように認定する。これらの認定を左右するに足りる資料はない。

1  本件の遺言者(被相続人)神田川重郎は昭和50年4月26日死亡した。その相続人は、遺言者とその先妻ミサ(昭和9年9月4日死亡)との間の子又はその妻の子である申立人ら5名と、配偶者の神田川周子並びに同人との間の子である神田川義正、神田川(吉田)隆及び金田裕子の4名とに、大別することができる。(以下において、神田川姓の相続人の姓は省略する。)

本件遺言者は昭和50年4月22日死亡危急時遺言の方式で別紙二の「遺言」のとおりの内容の遺言をしたが(以下本件遺言という。)、これについては同年10月8日当裁判所の確認の審判がなされ、昭和51年12月14日当裁判所において検認の手続を経由した。次いで、周子の申立てにより、当裁判所により昭和54年7月16日本件遺言の執行者として上記十津川幹夫(弁護士)が選任された。

同人は、本件の被相続人及び相続人らのいずれとも何の関係もなく、たまたま選任申立ての代理人(弁護士)が当裁判所に対して参考としてその名を挙げたことから、本件遺言の執行者に選任された。

2  ところが、上記相続人らのうち先妻の子等である申立人ら5名のグループと周子及びその子らのグループ(以下、後者を周子らという。)との間で、遺言の効力及び相続財産の範囲について次のような争いが生じ、現在もその争いは続いている。

(1)  周子ら本件遺言を有効なものと主張しているのに対し、申立人らは、これを遺言者の真意に基くものではなく、また遺言の証人らは遺言者が遺言を口述した際立会つていなかつた方式違背があるとして、本件遺言が無効であると強く主張している。

(2)  遺産の範囲に関して、別紙三の「相続財産及び係争物件」記載の財産のうち、1(一)の建物、2(一)の借地権及び3の株式が相続財産であることについては相続人らの間に争いがないが、(イ)同記載1(二)(三)(四)の各建物について、周子らが相続財産であるとの見解であるのに対し、申立人らは、(二)及び(四)の各建物は申立人秋成の固有財産であり、(三)の建物は同則武の固有財産であると強く主張している。また、(ロ)昭和50年6月24日国から相続人金田裕子に払下げられた同記載2(二)の土地部分について、同相続人がなんら用益負担がない状態で所得権を取得ずみであるとの見解であるのに対し、申立人らは、現在でもこの土地部分を目的とする従前の遺言者の借地権が残つており、金田からこれを回収すべきものと主張している。さらに、(八)申立人秋成及び同則武は、遺言者が生前負担していた債務(山口松三に対する訴訟上の和解による金350万円の債務、関東財務局に対する合計金140万6950円の地代債務、その他)を代位弁済したので、それに対応して、遺産に対する債権があると主張している。なお、その他にも、遺産の範囲に関する若干の争いが残つている。

3  申立人らは、昭和55年3月10日付けで、本件遺言執行者十津川幹男を被告として、(a)本件遺言が無効であることの確認及び(b)別紙三記載1(二)(四)の各建物は申立人秋成が所有しており、同(三)の建物は同則武が所有していることの確認を求める訴えを、東京地方裁判所に提起した(上記の東京地方裁判所昭和55年(ワ)第2461号事件)。以来、遺言執行者は職務上の当事者として請求原因を争い、口頭弁論期日に出頭する等の応訴をしているが、訴訟における実質的な防禦方法は、相続人周子らが補助参加して、すべてこれを行つてきている。この訴訟はなお第一審に係属中であり、本件遺言執行者は、この(b)の確認請求の目的物件については、訴訟の状況から現段階において執行者としての積極的な帰属の判断をなし得ないでおり、訴訟の結果に従つて取扱うほかはないものと考えている。また、この訴訟の対象にされていない同2(二)の借地権についても、遺言執行者は入手した資料の範囲で、それが相続財産として残つているとの積極的な判断に達しないでいる。

4(一)  別紙三記載1(二)(三)(四)の各建物は、相続開始前から第三者に賃貸されており、毎月相応の額(現在は月額74万円程)の賃料収入があつたのであるが、遺言者の妻の周子がこれを取り立てて自己の生活費に当てて、それが相続開始後も続いていた(もっとも、現在登記簿上申立人秋成の名義のものからは取立てていない模様)。本件遺言執行者は、就任後周子からこの取立てた賃料の取扱いについて相談を受けたものの、上記のように建物の相続財産性自体に深刻な主張の対立があり(上記2(2)(イ)、3)、遺言執行者としてにわかに明確な判定ができなかつた等のことから、これら係争建物を遺言の執行として管理をすることはできないと判断した。しかし、将来この建物が遺産の一部であることに確定すれば、ひいてはこの賃料収入も遺産から生じた果実としての取扱いをしなければならないと考えられたこと、及び周子は相続開始前からこの賃料収入によつて生活し、相続開始後この収入を絶たれてしまうと現実問題として生活が困難になることから、苦慮の結果、従前からの経緯で毎月周子が取り立てたもののうち(取立てを実施しているのはその子である隆ないしその妻の模様)、その生活費に充てる分(月額20万円程)を差引いた残額を正規の遺言執行としてではなく周子から提供を受け、いわば周子に代つて事実上これを十津川幹男の口座に保管してきている。

そして、本件遺言執行者は、関係人らに対して、この賃料収入(一部)を保管する趣旨を大筋においてこのように説明してきている。

(二)  申立人らは、上記2(2)(ロ)の争点に関し、本件遺言執行者に対して金田裕子から別紙三記載2(2)の土地を取戻すように要求しているが、遺言執行者は、これに応じていない。

(三)  申立人秋成及び同則武は、上記2(2)(ハ)の争点に関し、本件遺言執行者に対して、速かに同申立人ら主張の債権に対する認否をした上、その返済をするよう要求しているが、遺言執行者は、これに応じていない。

(四)  本件遺言執行者は、就職直後相続財産目録の調製のため関係人の意見聴取をしたが、未だその課整をしていない。

三  当裁判所の判断

1  本件遺言執行者の職務権限一般について

(一)  本件遺言の内容(別紙二)をみるに、その第一項は、その文言からして相続人の一人である周子に対する財産の包括遺贈である。次に、その第二項及び第三項は、その文言からすると相続財産のうちの特定財産である建物及び株式(別紙三記載1(一)の建物と同3の株式に相当)についてその分割方法を指定したもののようでもあるが、本件遺言が法律家の関与しなかつた死亡危急時遺言であることからすると、遺言者の意思はこれら特定の財産についても遺贈をしたと理解する余地が多分にある。よつて、この第二項及び第三項も、異なる趣旨に判定した判決が確定する等のことでもない限り、対象財産を遺贈したものとして取扱うのが相当である。

ところで、第一項はいわゆる割合的な包括遺贈であつて、上記第二項及び第三項と併せ考えると、受遺者である周子は遺言者の全財産のうち第二項及び第三項の特定財産を除くその余の財産について一定割合の相続分を取得したことになる。(周子のみに対する一部割合的包括遺贈。もつとも、周子は遺言者の配偶者であつて、本件相続開始時における3分の1の法定相続分を有していたのであるから、これとは別に全財産の2分の1の相続分を遺贈されたのであるか、これを含めて相続分が全財産の2分の1になるように遺贈されたのであるかやや明確を欠き、後者であるとしても、その「全財産」の解釈のいかんによりその余の財産中に占める周子の相続分が具体的にどのような割合になるかは、なお検討を要しよう。)。

そこで、割合的包括遺贈の遺言執行者の職務権限を検討するに、一般に、包括遺贈の遺言執行者は、その包括的に示された対象相続財産の全部について、財産目録の調製、管理その他の遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。しかし、割合的包括遺贈の受遺者は当該割合の相続分を有する相続人の地位を取得するのであるから(民法990条)、その受遺者が包括的に表示された相続財産のうちのいずれを具体的に取得するかは財産分割によつてきまることになる。したがつて、全部的包括遺贈(むしろ、これは、特定財産遺贈の集合体であるということができる。)におけると異なり、割合的包括遺贈の場合には、遺言執行者が受遺者に具体的な財産を取得させる行為(移転登記、引渡し等)をする余地はなく、かえつてその部分について遺産分割の申立てをすることができると解される。その意味において、割合的包括遺贈にあつては、遺言執行者が絶対に必要であるとはいえない。すなわち、遺言執行者の職務権限は、包括的に表示された対象財産の全部に及ぶものの、なし得るのは遺産分割に至るまでの保全、管理に必要な行為に限られることになる。また、管理している相続財産の中から遺言者の債務を支払う職務権限もない。もつとも、この遺言執行者の管理的権能の中には、全部的包括遺贈におけると同様に、相続財産の範囲に関する訴訟や遺言の効力に関する訴訟の当事者(職務上の当事者)となる権能を含み、また、遺産の保全管理のために必要やむを得ない限り(管理費用の調達を含む。)、遺産を処分することも可能であると解される。

本件遺言執行者は、上記の本件遺言の全部についてその執行者となつたが、その第一項については、包括的に表示された対象財産に対して上記の割合的包括遺贈の執行者の職務権限の限度において執行の権能を有することとなる。

(二)  次に、全部的であると割合的であるとを問わず、包括遺贈の遺言執行者は、遺産の範囲を定めた確定の判決がある場合を除き、ある財産が遺贈の対象たる相続財産に属するかどうかについて、自から判断する機能を有すると解すべきである。したがつて、遺言執行者は、公文書、関係人の意見聴取その他の適当な資料の限りではそれを相続財産であると判断するに至らない財産については、これを相続財産目録に掲げることはできないし、もとより遺言執行の対象として管理するに及ばない。相続人の一部又は全部が相続財産として管理するように強く主張するものであつても、同様である。ちなみに、遺言執行者がある場合には、相続人は相続財産の処分権を失い、その他遺言の執行を妨げる行為をすることができないので、通常は管理権も行使できないことになるが、相続人が相続財産であると思料するものについて執行者がこれと見解を異にして特段の執行をしないときには、相続人自からそれを相続財産として保全する行為(裁判上の手続を含む。)をすることができるのであつて、相続人の管理権限が完全に失われるわけではないと解すべきである。

次に、遺言執行者による相続財産目録の調製、交付は、遅滞なく行われるべきであつて、相続財産であるかどうか判断しかねるものがあつても調製未了のままにしておくことはできず、相続財産の範囲に関する訴訟が係属している場合においてその結論がでるまで待つ必要もない。

本件遺言執行者も、適当と認める調査の上で本件遺言者の相続財産であると判断するに至らないものについては、上記の基準によつて措置するほかなく、これを財産目録に掲げたり、管理したりするに及ばないが、相続財産目録の調製、交付自体はこれを遅滞させてはならない。

(三)  一般に、遺言の無効の確認を求める訴訟が係属しても、その無効を確認する判決が確定したり又は職務の執行を停止する裁判がなされない限り、すべての相続人及び受遺者に対する関係で、遺言執行者の法律上の権限、職責は制約を受けない。また、仮に遺言の無効が確定しても、従前の管理行為が遡つて無効に帰するものではないと解すべきである。もつとも、状況により、果断な処分行為は差控えた方がより妥当な場合があろう。

よつて、申立人らが東京地方裁判所に提起した上記遺言無効等確認訴訟が係属していても、それだけでは本件遺言執行者の職務権限に影響はないというべきである。

2  申立人らが本件遺言執行者の職務懈怠と主張する点について

(一)  上記申立ての実情(二)(1)及び別紙一上申書第一の点(財産目録の未調製)について

すべて遺贈の遺言執行者は、遅滞なく遺贈の目的とされた相続財産の全部について財産目録を調製し、これを相続人に交付しなければならないから、申立人らの要求があるといなとにかかわらず、本件遺言執行者が未だ相続財産目録を調製していないことについては、問題があるといわなければならない。上記1(三)説示の理由により、上記の遺言無効等確認訴訟が係属中であり、かつ財産目録の調整を求めているのがもつぱら遺言の無効を主張している者(申立人ら)であつても同様である。

しかし、前段二2(2)のように、本件では、相続人間に遺産の範囲に関してかなり広範な争いがあり、現段階で遺言執行者が相続財産であると判断しているのは、本件遺言第二項、第三項の特定財産をも含め、結局相続人らの間で争いのない別紙三記載1(一)の建物(母屋)、同2(一)の借置権及び同3の株式に限られる。その他は、本件遺言管理者において相続財産であるとの積極判断はしていない。しかるに、申立人らは、争いのない財産のほか、この「本件第三の土地」を目的とする借地権を含めた相続財産目録を作成することを要求してきたのであり、反対に周子らが相続財産であると主張し、申立人らがこれを訴訟で争つて容易に結論がでないもの(別紙三記載1(二)(三)(四))もあり、さらには遺言の効力自体も訴訟で争われていることを併せ考えると、財産目録調製の任に当たる本件遺言執行者においてどのように措置するかにとまどいがあつたとしても、責めることはできないと思料される。また、現段階において執行者が上記の相続財産であると判断しているものの範囲は相続人らもつとこれを知り得ているのであつて、既述の相続人ら間の紛争の状況を併せ考えると、本件では相続財産目録が調製、交付されていないこと自体が相続人らに実害を与えているとは認められない。したがつて、本件の場合は、相続財産目録の調製、交付未了の点をもつて、遺言執行者に解任に相当する落度があつたということはできない。よつて、今後において本件執行者がすみやかに上記1(二)の基準によつて相続財産目録を調製、交付することを期待して、申立人らの職務懈怠になるとの主張を斥けることとする。

(二)  申立ての実情(二)の(2)及び(3)(申立人秋成らが固有の財産であると主張する家屋からの賃料の取扱い)について

前記二4(一)で認定したように、本件遺言執行者は、申立人秋成及び同則武が自己らの所有物であると主張し、周子らが相続財産であると主張している建物から毎月得られる賃料の一部を保管している。しかし、これは、周子が従前の経過から取立てているものの一部をいわば同人に代つて保管しているのであつて、遺言執行者として自から取立てたことはないし、遺言の執行としてこの保管をしているのでもない。また、本件遺言執行者が周子に対して積極的にこれら賃料の取立てを命じたり、慫慂したりしている事跡はない。もつとも、遺言執行者が相続人間で相続財産であることに争いのある建物から得られた果実を遺言の執行としてではなく保管することは、当事者の一部に諸般の疑念をもたせることとなる虞れなしとはしないが、上記訴訟の結果これらの建物が相続財産であることが確定すればこの保管された果実も分割の対象となるし、反対に申立人秋成及び同則武の固有資産であると確認されることもまたあり得るので、本件遺言執行者が職務外であるとしてこの果実(賃料)の事実上の保管を拒み、提出者の周子に返還するのが至当であるともいい難い。したがつて、本件の場合、遺言執行者が周子から提出される上記賃料の一部を正規の管理行為としてではなく事実上の保管をすることは、少なくとも一つの選択として是認できるものであり、遺言執行者である以上あくまで避けるべきものとまでは認められない。

よつて、上記の賃料保管の事実をもつて、本件遺言執行者の職務懈怠であるとか、遺言執行者の信頼を害する行為であるということはできない。もつとも、正規の遺言執行でないとはいえ、このような金銭保管を行う以上、正規に相続財産を保管する場合に準じて、いつでも相続人らの求めに応じて保管の状況の詳細を知らせるようにすべきである。

(三)  申立ての実情(二)(4)及び別紙一上申書第一の一の点(被相続人に対する債権の認否、支払請求に応じないこと)について

被相続人の金銭債務は、一般に相続人(包括遺贈の受遺者を含む。)がその相続分(遺言により、法定相続分のとおりではないことがある。)に従い、分割して又は単独で承継することになるが、いずれにせよ、上記1(一)説示のように、割合的包括遺贈の遺言執行者は遺言者の債務をその債権者に対して支払う職務権限をもつていない。また、遺言者の債権者に対する関係で、相続債務の認否をする義務を負つているものでもない。

したがつて、仮に申立人秋成及び同則武が被相続人である遺言者に対して親子間の扶養や互助の域をこえた行為から出た金銭債権を有していたとしても、債権者である同申立人らに対してその認否や支払に応じない本件遺言執行者に相続財産管理の懈怠があるということはできない。

なお、包括遺贈の遺言執行者が調製する相続財産目録には、執行者において認定し得た負債(消極財産)をも掲げるべきであると解されるが、上記のように被相続人の金銭債務は当然に相続人らが分割承継するのであつて、財産目録の記載のいかんにより債権者が請求することができたりできなかつたりするものではない。また、申立人秋成らの本件債権認否、支払請求は遺言者の債権者としての利益主張をしているものと認められるが、一般に遺言執行者の職責は受遺者や相続人に対するものであつて、直接債権者に対して負つているのではない。

(四)  申立ての実情(二)(5)及び別紙一上申書第二の二の点(本件第三の土地を取戻す手続をしないこと)について

申立人らは、この土地部分に対する借地権が相続財産として残つていると主張しているが、本件遺言執行者において明らかには申立人らの主張に添う権利関係を認識するに至らないとすれば、上記1(二)の理由によりこれに対して相続財産としての管理保全の措置をとるべきではない。なお、附言すれば、本件の資料にあらわれた限りでは事実関係や資料の関係も簡明ということはできないし、仮に死亡時に遺言者がこの土地に借地権を有していたとしても、金田裕子において遺言者(父)から転貸を受けていたと理解する余地もある。したがつて、本件遺産執行者において容易に肯定できる権利関係を、不当に斥けているということもできない。

なお、附言すれば仮に金田裕子にこの土地に対する法律上の占有権原がないとしても、同人が相続人の一人であり、相続開始前からここに自己の建物を所有して占有していたとすれば、遺産分割までの遺言執行者の相続財産管理の方法として、その取戻しをすることが適切であるということはできない。

(五)  別紙上申書第二の三の点(遺言無効確認訴訟係属中の遺言執行者の責務の主張)について

遺言執行者は、単に遺言無効確認訴訟が係属しているだけでは、法律上その職務権限を制約されることはない。しかし、申立人秋成らに遺言者に対する金銭債権があつたとしても、本件遺言執行者は、それを同申立人らに返済する職責をもたないから(上記(三))、結局、所論のような職務懈怠はない。

もつとも、本件遺言執行者は上記遺言無効確認等訴訟係属中の自己の職務権能について、申立人秋成らに対し、その要求に応じない理由として前記1(3)の当裁判所の判断とは異なる説明をし、これが申立人らをやや混乱させていた模様である(本件記録中の遺言執行者の答弁書中の記載)。しかし、これも本件の事案がいくつかの解釈上困難な問題を含んでいるからにほかならず、他方、本件遺言執行者は客観的な職務執行(前記遺言無効確認等訴訟の被告となることを含む。)の大筋において懈怠するところはないし(上記(一)から(四)まで)、家庭裁判所から解釈上の指針が示されれば今後の職務執行においてその指針に従う旨申し出ているので、今後の遺言執行に差支えが生ずるとは認められない。したがつて、本件遺言執行者が従前当裁判所の判断と異なる理由説明をしていたことをもつて、その解任の事由とするのは相当でない。

四  以上の次第で、申立人らが本件遺言執行者の職務懈怠として指摘する事項は、いずれもその職務懈怠に当たらないか又は解任の事由とするには至らない。よつて、本件遺言執行者解任の申立てを却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 内田恒久)

別紙一

上申書

申立人は以下の通り申立ての実状を整理し敷衍致します。

第一遺産目録の作成について。

一 申立人が遺産に含まれると解している財産の範囲は、別紙図面のうち本件第一の建物(いわゆる母屋)および本件第三の土地である。

二 本件第三の土地については、故重郎が国からの借地権を有していた。ところが、常光寺厚泰なる人物が、昭和50年2月13日、故三郎は金田裕子に右借地権を生前贈与する旨の意思を有していたとし、その手続を右常光寺に委任した旨の委任状を偽造し(甲第9号証のうち乙第3号証ノ1と題された鑑定資料)、これにより右裕子が借地権を得たかのような虚偽の登記を作出した。

その後、昭和50年6月24日に裕子は国から右土地の底地権を買取り、土地の所有権を取得した。

右のように、裕子が現在所有している土地の借地権は、右取得の前提とされているように裕子が借地権を有していたものではなく、故重郎の借地である。よつて、この土地については、裕子所有の土地の上に遺産とされるべき借地権があると解される。

三 申立人はその主張する遺産について遺言執行者が遺産目録をすみやかに作成することを請求するものである。

四 ところで、東京地裁における遺言無効等確認事件において、逆に遺言執行者は申立人らが遺産の範囲には含まれないと解している財産につき遺産と解されている。

仮にそのように解されるならば、遺言執行者はこれらを含む全財産について財産目録を作成すべきであり、申立人は財産目録の作成自体についてはなんら争うものでない。

すなわち申立人としては、仮に右財産権につき何らかの処分がなされた場合、これに対してその効力の有無を争うつもりであるが、これは全体としての財産目録の作成を違法無効と争う趣旨ではないのである。

第二その他の遺産管理の懈怠について。

一 申立人は従前から、被相続人にたいして債権の存在することを明らかにし、遺言執行者にたいし、その認否をなすこと及びその支払いをもとめており、昭和59年1月14日には内容証明郵便をもつて認否を求める債権の範囲をも明らかにしたうえで改めて認否を請求した(甲第11号証)。

なお、右債権が存在することを明らかにする資料として、本審判における甲第15号証ないし17号証を東京地方裁判所に提出して遺言執行者に示してある。また○○○看護婦紹介所の分も領収書は提示されていないにしろその支払いについては明白である。

しかるに、遺言執行者はこれに対し、何らの認否をしない。

二 前記のように、本件第三の土地については、遺産である故重郎の借地権が存在していると解されるので、遺言執行者としてはこれを遺産に取戻すべく手続をしなければならない。

三 ここにおける問題点は、そもそも遺言執行者が遺言無効確認訴訟が地裁に係属中である場合には、遺言執行者は何らの遺言執行者としての責務を行う必要はないと主張するところにある。

これにより、たとえば、仮に一で主張する債権の存在が証明されても他の全債権者の同意がない以上は、遺産からの支払は出来ないと主張されることになるのであるから、結局、申立人らは、遺産に対する債権の存在をいかに証明しようと申立人は債権を支払つてもらえないことになる。

しかし、遺言の無効が確定し、執行者の地位が否定されても遺産に対する債権の支払が遺産からなされた以上、その有効性は争い得ないことは否定しえないものである。

とすれば、本件遺言執行者の右主張の根拠は少くともこの問題に関しては妥当しないものである。

四 いずれにしても、本件審判においては右のような遺言執行者としての義務の履行が一切なされないことの当否がまず判断されるべきである。以上

別紙二

遺言

一 妻神田川周子に全遺産の1/2を遺贈する

二 遺産のうち、新宿区○○町××番地所在建物(母屋)約248.3平方米は妻神田川周子が1/3および5男吉田隆が2/3の割合で共有分割相続すること

三 遺産のうち○○興業株式会社の持株7,000株は内2,600株を妻神田川周子に内1,500株を四男神田川義正に内1,700株を5男吉田隆に内400株を神田川俊正に二男神田川則武、次女金田裕子、金田良明、長女川井祥子に各200株宛の割合で分割して相続すること

昭和50年4月22日

遺言者が死亡の危急に迫つたので証人3名が立会のうえ遺言者の遺言口授を聞きとり東金三がこれを筆記してその場で遺言者および証人に読みきかせてその筆記が口授と正確に一致することを確認したうえ証人三名これに署名捺印する。

右拇印は遺言者のものであることを証明する

千葉県木更津市○○××× 東金三

東京都北区○○町×××○○○

マンション××× 田崎修

東京都中野区○町×ノ××ノ× 常光寺厚泰

図面〈省略〉

別紙三

相続財産及び係争物件

1 建物

(一) 新宿区○○町××番×、家屋番号××番×

木造瓦葺二階建居住1棟

床面積191.72平方メートル

(現況284.3平方メートル、いわゆる母屋)

(二) 新宿区○○町××番地、家屋番号××番×

木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅1棟

床面積28.89平方メートル

(限況床面積約110平方メートル)

(三) 同所、家屋番号なし

木造瓦葺平家建居住1棟

床面積89.25平方メートル

(四) 新宿区○○×丁目××番××、家屋番号××番××の×

床面積一階41.28平方メートル

二階82.61平方メートル

三階72.89平方メートル

(現況は、三階は存在しない。)

2 土地賃借権(借地権)

(一) 新宿区○○町××番×

宅地1217.58平方メートル(申立人ら主張)

(公簿面)345.98平方メートル

を目的とするもの(土地所有者は国)

(二) 申立人らの別紙上申書にいう本件第三の土地

上記(一)の隣接地で、相続人金田裕子が占有中であり同人が昭和50年6月24日所有権(底地権)の払下げを受けた部分234.65m2

を目的とするもの

3 ○○○○株式会社の株式7,000株

(ただし、同会社は全く活動しておらず、株券も発行されていない。)

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